希死念慮と一言にまとめるのは危うい

Twitterのタイムラインを眺めていると、時折「希死念慮」という言葉を目にします。

うつ病などで苦しくて、死んでしまいたくなるほどつらい気持ちでいらっしゃるのでしょう。

そんな、心の内を吐き出さずにはいられない状況に際し、私は無力です。

だって、私は医者でなければ臨床心理士でもありませんから。

 

ただ、その「希死念慮」という言葉で表現していることに、危うさを感じています。

なぜ、危ういのか?というと、「希死念慮」と一言でまとめてしまうことで、自分の本当の気持ちが見えなります。

そして、正体の見えないものになっていき、余計に苦しみが募ります。

挙げ句、対処のしようがなくなります。

 

私は、2016年にNLP(神経言語プログラミング)という実践心理学を学びました。

その時に教わったことが、気持ちを細分化して掘り下げることでした。

 

つらい気持ちに変わりはない。

死にたい気分を「希死念慮」と一言で表現するのは構わないんじゃないか?

そう片付けてしまうと、苦しみの正体が見えなくなり化け物のように膨らんでしまいます。

 

さて、死にたい気分(消えてしまいたい気分)は、何パーセントですか?

何かから、逃げたい気分なのでしょうか?

それとも、ただ、ラクになりたいのでしょうか?

昨日の死にたい気分と、今日の死にたい気分に違いはありますか?

 

これを、一人で掘り下げていくと、また別の意味で危ういことになるので、掛かりつけのお医者さんにお話を聞いてもらってくださいね。

大切なのは、何に苦しんでいるのかを数値化&言語化して先生にお伝えすることです。

そうすることで、理解してもらいやすくなりますからね。

何より、自分の苦しみの正体を、自分が理解できるようになりますよ。

希死念慮と一言で済ますのではなく、その奥に潜む心の声に耳を傾けてみてくださいね。

 

編み物好きな、カラーセラピストの河野朱実です。 幸せの感度を上げて、笑顔であふれる毎日を送りましょうね。

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